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福岡地方裁判所田川支部 昭和35年(ヨ)27号 判決

申請人 五島一夫

被申請人 井宝鉱業株式会社

主文

申請人の本件申請はこれを却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人訴訟代理人は「被申請会社が昭和三五年一〇月一五日附をもつて申請人に対してなした解雇の意思表示は仮にその効力を停止する。」との裁判を求め、その理由として、

一、被申請会社は石炭の採掘及び販売を目的とする会社であつてその事業所である本添田炭鉱は田川郡添田町に所在し、従業員約六〇〇名をもつて一ケ月につき約五、〇〇〇屯ないし六、〇〇〇屯を出炭しているものである。

二、申請人は昭和三四年五月一三日右本添田炭鉱の坑内掘進夫として雇われ、三ケ月の試傭期間を経て本採用となり、他に卒先して真面目に稼働しその技能も優秀であるところから、収入は一ケ月につき金二五、〇〇〇円以上に達し、全従業員中最も多額の収入を挙げているものである。

三、ところが被申請会社は昭和三五年一〇月一五日附内容証明郵便をもつて申請人に対し、申請人が「重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて雇入られた」もので、就業規則第七九条第七号に該当するとの理由で懲戒解雇する旨の意思表示をなし、右書面は同日申請人に送達された。

四、そして右は申請人が昭和三四年五月一三日被申請会社に雇傭されるに際し履歴書を提出するにあたり、真実の経歴は別紙(ロ)表記載のとおりであるのにかかわらず、これを秘匿して別紙(イ)表記載のとおり事実に反する経歴を記載してこれを詐つたというのであるが、申請人の右経歴詐称行為は就業規則にいわゆる「重要な経歴」に該らない。すなわち右就業規則第七九条第七号の趣旨は畢竟雇入の詮衡にあたり、一定の資格、職歴及び技能を具有していることが雇傭の重要な要素、若しくは条件となつている場合において、これを持たないものが持つていると詐り雇入れられたときにのみ、これを懲戒解雇しうることを規定したものであつて、坑内掘進夫のように何等の資格も技術も要しない職種については、その経歴の如何は坑内夫の採否にあたり重要な要素若しくは条件となるものではない。従つて古河鉱業株式会社大峰炭鉱に職員として勤務していた申請人が、単に他の炭鉱に坑員として稼働していたようにその経歴を詐称した場合にまで、就業規則の右条項を適用することは許されないといわなければならない。よつて本件解雇は就業規則第七九条第七号に則らずになされたものであつて無効である。

五、仮に申請人の右行為が就業規則第七九条第七号に該当するとしても、右第七九条但書には「情状により謹慎(出勤停止)に止めることがある。」と規定されているところ、申請人の経歴詐称の程度は極めて軽微であつて坑内夫としての従業には何等の影響がなく、且つ申請人は坑内夫としての試傭期間を経て本採用となり既に一年半を経過し、本添田炭鉱従業員として極めて優秀な成績を挙げ被申請会社に対し何等の損害を与えていない。更に被申請会社が昭和三四年一二月一五日頃申請人を特定発破係員に選任するにあたり、同会社の勤労課長をしていた訴外堀口某はこれに必要な書類として申請人から申請人が古河鉱業株式会社大峰炭鉱在職当時に免許を受け爾来保有していた右係員(職員)の合格証二通を提出させたので、これにより申請人が従前同会社に職員として勤務していたことがあるのにかかわらず、その経歴を秘して被申請会社に雇傭されたことが判明したのであるが、当時敢えてこれを取上げ申請人のこれまでの経歴を調査することなく、その後数ケ月間にわたつて放置し昭和三五年九月下旬頃にいたり始めて右経歴を調査し、これをもつて懲戒解雇の理由となしたものであつて、以上の諸事情を綜合考慮すると当然情状酌量の余地があり、就業規則第七九条但書を適用すべきであるのにかかわらず、被申請会社はこれをなさず、就業規則を不当に適用のうえ解雇したものであつて、本件解雇は解雇権の乱用として無効である。

六、仮りにそうでないとしても、本件解雇は懲戒解雇に名を藉り従来の組合活動を理由となしてなされたもので不当労働行為である。すなわち申請人は前記本添田炭鉱の坑員(職員及び臨時夫を除く労働者)三八〇名をもつて組織する本添田炭鉱労働組合の組合員であるが、昭和三五年五月執行部の改選にあたり掘進夫の代表として右組合の代議員に選出され、次で同年一〇月三日右組合の副組合長に選任された。そして申請人が右のように代議員に選任されて以来、組合はこれまでのいわゆる御用組合的性格を脱却して活発な活動を始め、同年八月の賃金ならびに期末手当に関する組合活動の結果、従来にないベースアツプが実現された。

七、申請人が右副組合長に選任された昭和三五年一〇月三日当時申請外平田義登、同山下忠教が被申請会社のため不当に懲戒解雇されたので、同年一〇月四日偶々組合長及び書記長がともに出張により不在であつたが、申請人は副組合長として執行委員会を招集し、右平田、山下の懲戒解雇問題を討議したうえ、該委員会において結局被申請会社に対し右解雇の撤回方を要請し、若し右要請が容れられないときは争議手段に訴える旨の決議をし、同日以降全組合員に対し活発な教宣活動を始めると同時に被申請会社との間において右決議事項実現のために団体交渉をなし、前記懲戒解雇の撤回方を要求していた。被申請会社は申請人の右所為に対し好ましくないものを覚えていた折柄、被申請会社において活発に組合活動を推進しているものの経歴を調査したところ、申請人にはその経歴を詐称していることが判明したので、同年一〇月一一日以降申請人に対し、右の詐称を理由として解雇(依願解雇)を申出るよう勧告した。しかしながら申請人はこれが理由のないことを告げてその都度これを拒絶していたところ被申請会社は同年一〇月一五日前記のように申請人を経歴詐称の理由で懲戒解雇したものである。被申請会社は申請人の些細な経歴詐称に藉口し、真意は申請人の活発な組合活動を回避する意図のものに解雇したことが明白であるから、本件解雇は不当労働行為として無効である。

八、以上のとおり本件解雇はいずれにしても無効であるところ、申請人は妻子をかゝえ労働者として専ら被申請会社から受ける収入により生活を支えているものであるが、現に解雇されたものとして取扱われ、その収入の道を断たれることは直ちに申請人等家族の生活が窮乏することにほかならないで、右解雇の意思表示の効力の停止を求めるため本件仮処分申請に及ぶ。

と述べ、

被申請会社の(三)の主張事実のうち、申請人が被申請会社主張の日にその主張のような情宣活動をしたことは認める。しかしながらかかる情宣活動は従来組合の幹部がなしきたつたものであつて、申請人が始めてこれをなしたというものではない。また右情宣活動をなすにあたり被申請会社主張のように「上司の許可」を得なければならないものではなく、更にそのような慣行も存在しない。申請人が経歴詐称の理由のほか、就業規則第七九条第一号の「法令又は所定の規則に違反したとき。」に該るものとして懲戒解雇されたとの主張事実は否認すると述べた。(疎明省略)

被申請会社訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  申請人の一、の主張事実は認める。

(二)  申請人の二、の主張事実のうち、申請人がその主張の日に被申請会社の本添田炭鉱の坑内掘進夫として雇われ、三ケ月の試傭期間を経て本採用となり、その収入は一ケ月につき金二五、〇〇〇円以上に達していることは認めるが、その余の主張事実は否認する。

(三)  申請人の三、の主張事実のうち、被申請会社が昭和三五年一〇月一五日附内容証明郵便をもつて申請人に対し懲戒解雇する旨の意思表示をし、右書面が同日申請人に対し送達されたことは認めるしかしながら右解雇の意思表示は後記(四)記載のように申請人が「重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて雇入れられた」もので就業規則第七九条第七号に該当することを理由としているほか、これに附加して申請人が次のとおり「法令又は所定の規則に違反した」もので就業規則第七九条第一号に該当することをも理由としてなされているものである。すなわち、申請人が昭和三五年一〇月七日被申請会社の本添田鉱業所坑内右四片ゲート坑道掘進個所に乙方入坑し就業していたが、同日午後一一時頃中食の休憩時間を利用し、自己の職場から約一〇〇米離れた右四片採炭払大肩国道において、休憩中の採炭夫その他の鉱員約二〇名に対し、現場係員以上の職位にあるものゝ許可を得ることなく、副組合長として申請外平田義登、同山下忠教の解雇問題について同日夜行なわれた組合と被申請会社との間における話合の経過報告をなすとともに、(イ)今後の闘争方針、(ロ)戦術として時間外就労拒否、(ハ)右平田を翌八日二番方に強行入坑させること、(ニ)鉄柱紛失による弁償金の件等の情宣活動を行つたものであつて、右行為は就業規則第四九条の「遅刻、早退又は私用外出その他就業時間中職場を離れる際は所属長に申出でその許可を得なければならない。」同第五二条の「就業時間中示威運動、集会、その他業務外の行為をしてはならない。」同第五三条の「鉱員は就業時間中組合活動に従事することはできない。」との定めにそれぞれ違反しているものである。従つて被申請会社は申請人の右の行為を就業規則第七九条第一号の「法令又は所定の規則に違反したとき」に該当するものと認め、これを経歴詐称の理由に附加して前記のとおり解雇した。

(四)  申請人の四、の主張事実のうち、申請人が雇傭される際履歴書を提出するにあたり、申請人主張のように真実の経歴は別紙(ロ)表記載のとおりであるのにかゝわらず、別紙(イ)表記載のとおりの虚偽の経歴を履歴書に記載したことは認める。右のとおり履歴書の記載内容は真実に反すること甚だしく、履歴書提出の意義を全く没却しているものというべきである。もともと使用者が従業員を採用するにあたり、履歴書その他の身上関係書類を提出させるのは採否決定のための全人格的判断の資料とするほかに採用後の労働条件の決定、労務の配置管理の適正化、惹いては企業秩序全般の維持等の判断資料にも供するためであつて、これらの資料に虚偽の記載をなすことは、その者の不信義性を示し労使間に要請される信頼関係を破壊するとともに前示の価値判断を誤らしめ企業秩序自体にも影響を及ぼす惧れがある。その故にこそかゝる行為は一般に採用時の前後において採用の否決或いは懲戒処分の理由とされるのであつて、被申請会社の就業規則にもこれを懲戒事由として掲げ第七九条第七号に、「重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて雇入れられたとき」と規定し、経歴詐称により雇入れられた者の排除を図つているのである。従つて就業規則第七九条第七号に基いて申請人に対しなされた懲戒解雇は有効である。

(五)  申請人の五、の主張事実のうち、申請人が坑内夫として三ケ月の試傭期間を経て本採用となり爾来既に一年半を経過していること及び被申請会社が申請人を申請人主張のように特定発破係員に選任したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。申請人の経歴詐称の程度は前記のように極めて高度であり、その不信義性はまことに強いものがある。そしてこのことは申請人が右のように雇傭されて以来既に一年半を経過した現在においても変りがなく、右期間の経過により申請人と被申請会社との間に正常な信頼関係が形成され、申請人に対する不信性、惹いては企業の秩序維持に対する不安が払拭されているものともいうことができないので、申請人に対する情状を酌量すべき余地は全くなく、従つて申請人に対する懲戒解雇をもつて解雇権の乱用となすことはできない。

(六)  申請人の六、の主張事実のうち、申請人がその主張のように本添田炭鉱労働組合の組合員であつて、掘進夫の代表として組合代議員に選出され、次で同年一〇月三日副組合長に選任されたこと、及び組合は被申請会社との間で賃金並びに期末手当に関し交渉のうえベースアツプを実現したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。申請人が組合代議員に選出された時期は、組合の執行部役員の改選のときではなく、約一ケ月余を経過した同年六月中旬であり、賃金並びに期末手当に関し交渉のあつた時期は、同年六月中旬から同年七月下旬までの間である。

(七)  申請人の七、の主張事実のうち、申請外平田義登、同山下忠教が被申請会社を退職したこと、本添田炭鉱労働組合が被申請会社との間で右平田等の解雇問題等について話合つたことは認めるが、その余の主張事実は争う。右平田は昭和三五年一〇月三日現場職員に対し暴行を加えたことを理由に同年同月四日附をもつて懲戒解雇により、右山下は同年九月二八日坑内鉱車潜乗について自ら責を負い同年一〇月一五日附をもつて依願解雇により、それぞれ退職したものであり、右組合は申請人主張のように被申請会社に対し平田等に対する懲戒処分の撤回方を要求したのではなく、その軽減方を求めていたのである。

(八)  申請人の八、の主張事実のうち、申請人が妻子をかゝえ労働者として専ら被申請会社から受ける収入により生活を支えていることは認めるが、その余の主張事実は知らない。申請人は昭和三五年一一月一五日福岡法務局田川支局から供託金二八、三一四円を受取つているほか、現在なお副組合長の職位にとどまり殆んど連日組合事務所に出入しているので幾何かの日当が支払われているものと推認され、仮にそうでないとしても、失業保険金受給の道があるので申請人等家族の生活が今直ちに窮乏し本件仮処分の申請をしなければならない程の必要性があるものということはできない。

と以上のように述べた。(疎明省略)

理由

被申請会社が石炭の採掘及び販売を目的とする会社であつてその事業所である本添田炭鉱は、田川郡添田町に所在し、従業員約六〇〇名をもつて、一ケ月につき約五、〇〇〇屯ないし六、〇〇〇屯を出炭していること、申請人が昭和三四年五月一三日右本添田炭鉱の坑内掘進夫として雇われ、三ケ月の試傭期間を経て、本採用となつたこと、及び申請人が右雇傭に際して、履歴書を提出するにあたり、真実の経歴は別紙(ロ)表記載のとおりであるのにかゝわらず、別紙(イ)表記載のとおりの偽りの経歴を記載して、これを詐称したこと、ならびに被申請会社が、昭和三五年一〇月一五日附内容証明郵便をもつて申請人に対し、懲戒解雇の意思表示をし、右書面が同日申請人に送達されたことはいずれも当事者間に争いがなく、右解雇が被申請会社において申請人の右経歴詐称の事実が就業規則第七九条第七号の「重要な経歴を詐りその他不正な方法を用いて雇入れられた」ときに該当することを主たる理由としているほか、これに附加して申請人に同条第一号の「法令又は所定の規則に違反した」事実のあることをも理由としていることは、成立に争のない疏甲第一号証、申請本人尋問の結果(第一回)によつてそれぞれその成立が認められる疏甲第三号証、第八号証の三によつて疏明される。

そこで申請人の右経歴詐称行為が就業規則第七九条第七号に該当するかどうかについて判断するのに、労働関係は労使の継続的契約関係であり、労使双方の対人的な信頼と誠意とによつて成立し又は維持せらるべきものであつて、使用者が労働者を雇入れるに際しては右信頼関係を基調として当該労働者が企業組織内に配置されその生産性に順応し寄与することを期待するものであるから、労働者の人格、健康、思想、経験、技能、性格、その他諸般の事項について正確な認識を得て全人格的判断をなし、これに基いて採用後における職種、賃金その他の労働条件を決定するのである。従つて使用者が労働者の経歴を熟知することは採否のためのみでなく、その後における労働条件の決定、労務の配置管理の適正化惹いては企業秩序全般の維持業務の完全な遂行のため必要欠くべからざるものといゝうるところ前記のような当事者間に争いのない事実と申請本人尋問の結果(第一回)によつてそれぞれその成立が認められる疏甲第七号証、第八号証の三を綜合すると、申請人は被申請会社に対して履歴書を提出するにあたり、

一、申請人は昭和八年一一月二九日申請外蔵内鉱業所大峰炭鉱に坑内支柱夫として雇われたのにかゝわらず、その日時を昭和九年一〇月と詐りの記載をしていること。

二、申請人は昭和一三年一月九日現役入隊のため右大峰炭鉱を退職し、その後昭和一四年三月一五日除隊と同時に同鉱発破係として再就職し、なお同年八月一五日右蔵内鉱業所大峰炭鉱が申請外古河鉱業株式会社によつて買収されたゝめ同会社大峰炭鉱として引き継がれたが、申請人はそのまゝ就労し昭和一六年一〇月二三日右大峰炭鉱の代務者となり、次で昭和一八年四月一日同会社職員に登用され、昭和二四年四月同鉱職員組合の執行部委員となり更に副組合長に就任し、昭和二五年一二月九日事業都合により退職すると同時に右副組合長をも退任し、その後昭和二六年一月から昭和二七年七月までの間大阪市城東区放出町において城東鉄線工場を経営していたものであつて、申請人は以上の経歴を有しているのにかゝわらず昭和一三年一月現役入隊のため蔵内鉱業所大峰炭鉱を退職し、昭和二〇年七月申請外江田炭鉱の掘進夫として就職したが、昭和二九年一一月同鉱閉山のため退職したものであると全く事実に合致しない記載をし、且つ大阪市城東区放出町において城東鉄線工場を経営していた事実を記載しなかつたことをそれぞれ一応認めることができ、右事実のほか、申請本人尋問の結果(第一回)によつてその成立が認められる疏甲第三、四号証、申請本人尋問の結果(第一回)の一部を綜合すると、申請人は昭和二五年一二月九日古河鉱業株式会社大峰炭鉱を退職して以来適当な職場がないので転々とこれを変え漸くその日の糊口を凌いでいたのであるが、昭和三四年五月頃友人である申請外東内一夫、同田中義夫の勧めを受けて被申請会社に就職し生活の安定を得ようと考え、同人等とも相談のうえ申請人が従前職員に登用されていたこと及び右大峰炭鉱退職時における事情を秘して被申請会社から自己に有利な評価を期待し、申請人の経歴中最も長期間にわたり且つ重要な部分を占める古河鉱業株式会社大峰炭鉱時代の職歴を全然記載しないで前記のとおり他の炭鉱に坑員として雇傭されていた旨の詐りの履歴書を提出し、その経歴を詐称するにいたつたことが疏明され、申請本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は信用することができないし、他にこの認定を覆えすに足る証拠はない。

しかして証人森山正典、同宮崎定、同元谷保孝の各証言、ならびに申請本人尋問の結果(第一回)を綜合すると、被申請会社は当時申請人のような坑員を採用するにあたり他に照会する等の方法をもつてその経歴の調査をしていなかつたことが窺われないでもないが、そのことの故に直ちに右各証人、申請本人が供述するように被申請会社が右経歴を重要視していなかつたものであると認めることができず、かえつて申請本人尋問の結果(第一回)によつてその成立が認められる疏甲第六号証、証人中村進、同堀口勝美の各証言を綜合すると、被申請会社においては坑員四〇〇名位のうちその五分の一に及ぶ八〇名位の者が毎月退職し、これに伴い右と同数の坑員を雇入れていたゝめ、個別的にその経歴を前記のような方法で調査することができず、専ら労働者たる坑員の提出する履歴書の記載内容を信頼しこれに基き採否ならびに採用後における職種、賃金その他の労働条件を決定していたことが疏明される。そうすると労働者たる申請人においても使用者たる被申請会社から履歴書の提出を求められたときは、労働力の源泉である全人格的価値判断を誤らせないため正確に自己の経歴を記載することが必要であつて、かりそめにもその経歴を隠秘しまたは事実に反する記載をなすことは信義則上許されないものというべきであり、更に就業規則第七九条第七号にいわゆる「重要な経歴」には労働者採用の可否を決するような経歴のみならず、職種、賃金その他の重要な労働条件を決定する基準としての経歴をも含むものと解するのが相当であるから、申請人の経歴詐称は右就業規則第七九条第七号に該当するものといわなければならない。

申請人は仮に右経歴詐称が懲戒事由に該当するとしても、就業規則第七九条但書の酌量軽減規定を適用すべき情状があるのにかかわらず、被申請会社はこれを無視して解雇したのであるから解雇権の乱用であると主張し、申請人が抗内夫として三ケ月の試傭期間を経て本採用となり爾来既に一年半を経過し、解雇時において一ケ月につき金二五、〇〇〇円以上の収入を得ていたことは被申請会社の認めるところであり、その間真面目に稼働し技能も優れているので可なり良好な成績を挙げていたことは弁論の全趣旨によつてその成立が認められる疏甲第一三号証によつて明らかであるが、申請人が昭和三五年一月一五日特定発破係員に任命される当時既に被申請会社において、申請人がかつて古河鉱業株式会社に職員として勤務していたことを知悉しながらこれを不問に付していたとの申請人主張事実については後記のとおりこれを認めるに由がない。

しかして申請人が前記のように採用時にあたつて重要な経歴を詐称したほか、成立に争のない疏乙第六号証の一、証人田中義一の証言によつてその成立が認められる同第六号証の二、同証人の証言を綜合すると、申請人は昭和三五年一月一五日前記のように特定発破係員に選任されるにあたり被申請会社において未だ申請人の真実の経歴を知らないのを幸い、従前の履歴書と略同一内容の事実に合致しない記載をした履歴書を提出しその経歴を詐称していることが疏明され以上の二回にわたる経歴詐称の程度及び態様からみると申請人の被申請会社に対する不信義性は極めて高度であるから、申請人が前記のとおり採用後一年半にわたり真面目に稼働し優れた技能をもつて良好な成績を挙げている事実を斟酌するも、右経歴詐称により解雇されることはまことにやむを得ないものというべく、就業規則の右条項但書によつて懲戒処分を軽減しなければならない場合に該らない。

次に申請人は、本件解雇が懲戒解雇に名を藉りこれまでの組合活動を理由としてなされた不当労働行為であると主張する。

しかして申請人がその主張のように本添田鉱労働組合の組合員であつて、昭和三五年五、六月頃掘進夫の代表として右組合の代議員に選出され、右組合が被申請会社との間で賃金ならびに期末手当に関し交渉のうえベースアツプを実現したこと、及び申請人が昭和三五年一〇月三日副組合長に選任されたことは当事者間に争いがなくその翌四日偶偶組合長及び書記長がともに出張により不在であつたので、申請人は副組合長として執行委員会を招集し申請外平田義登同山下忠教の懲戒解雇問題を討議したうえ、該委員会において右解雇の撤回方を被申請会社に要請し、若し右要請が容れられないときは争議手段に訴える旨の決議をし、同日以降全組合員に対し活発な教宣活動を始めると同時に被申請会社との間において右決議事項実現のために団体交渉をなし前記解雇の撤回方を要求していたことは申請本人尋問の結果(第一回)によつてその成立が認められる疏甲第五号証、第八号証の一、弁論の全趣旨によつてその成立が認められる疏甲第一三号証、証人森山正典、同元谷保孝、同鬼丸清隆の各証言、申請本人尋問の結果(第一回)を綜合すればこれを疏明するに十分であり、申請人が前記執行委員会を開催して約一〇日を経過した昭和三五年一〇月一五日被申請会社から懲戒解雇の意思表示を受けたことは前記のとおり被申請会社の認めるところである。

しかしながら右解雇が申請人において叙上のような組合活動をなしたことの故をもつてなされたとの申請人主張事実についてはこの点に関する疏甲第三号証、第五号証、第一一号証、第一三号証の各記載、証人森山正典、同元谷保孝、同鬼丸清隆、申請本人(第一回)の各供述は到底採用することができないし、他に右事実を疏明するに足る証拠はない。

証人中村進の証言によつてその成立が認められる疏乙第二号証の一、二、成立に争のない疏乙第六号証の一、証人田中義一の証言によつてその成立が認められる同第六号証の二、証人中村進、同田中義一、同堀口勝美の各証言を綜合すると、被申請会社は昭和三五年一月一五日申請人を特定発破係員に選任する当時においても、未だ申請人がかつて古河鉱業株式会社に職員として雇傭されていた事実を知らず、従つて申請人を右発破係員に選任した後申請外福岡鉱山保安監督部長に対しその選任届を提出するにあたつても、右選任届の経歴欄に単に江田炭鉱、大森鉱業所寿炭鉱と記載して古河鉱業株式会社に雇傭されていた旨を記載しなかつたこと、ところで被申請会社はその後組合との間で夏期手当について闘争を続けていたところ、偶々第三者の風評により申請人の経歴に疑惑を生じ該経歴を調査した結果昭和三五年九月二〇日にいたり申請人がかつて古河鉱業株式会社に職員として雇傭されていたことがあるのにかゝわらずこれを秘匿しその経歴を詐称していた事実の判明したことが疏明される。

右認定の事実関係からみると、被申請会社が従前から申請人の経歴詐称の事実を知りながらこれを不問に附し、申請人において副組合長に選任され活発な組合活動をなすに及んで、こゝに経歴詐称に名を藉り申請人を解雇せんとしたものとみることはできない。

その他本件に顕われた資料を精査しても被申請会社の不当労働行為意思を推認し、申請人の組合活動の事実が本件解雇の決定的原因であつたことを疏明するには十分でない。

叙上の次第であつて、申請人が本件解雇の意思表示が無効であるとして主張するところはいずれも理由がなく、右解雇は爾余の点につき判断をなすまでもなく有効であるから、本件仮処分申請は却下すべく、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹)

(別紙省略)

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